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http://x6a7u9.sa.yona.la/904 |
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色々朝まで掛りそうなので帰宅からの久々のエスカたんと朝まできゃっきゃうふふコース
http://gt7u9x.sa.yona.la/1267 |
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赤の他人ならともかく、ある程度の知り合いであれば案外無茶言っても笑って流してくれるのではないだろうか。
またどんなに深刻な話題でも、全く他人のことであれば真面目に聞いてくれる人間なんてそう居ないのではないだろうか。
つまり私の悩みなど誰に打ち明けようがそうたいしたことは起きないし、
大した反応はなくても私だけはただ満足できるのではないだろうか。
それなら、どんどん手放してしまえばよいのだ。
カップルに囲まれながら |
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独り駅前のレストランで夕飯
一食2000円とか豪華でゲソ
とりあえず4人席を占領
ホンダ、ロスでFCV(燃料電池車)初公開-15年に日米で発売 |
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燃料電池 | |

近未来カー。 その一方で かぐや姫。
http://x3ru9x.sa.yona.la/8115 |
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かくや姫で チープなギラギラCG動画が全否定されたなー.. Poser 静止画も危うい。
Vue & 画像処理 は ギリギリセーフ。 いや、アウト。 いや、セーフ。 セーフにしておこう。
‘『かぐや姫の物語』に震撼する理由’ (アニメ評論家、藤津亮太) |
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アニメ ブログ | |
画面の情報量が少なく、実写のような空間感もない。にもかかわらず、映画の中に現れるかぐや姫が、翁が、媼が、いとおしく感じられる。こういう人は身近にもいるように思えるというリアリティを持って迫ってくる。それは、素朴な描線が生き生きとその振る舞いを描き出すからだ。その線そのものに、迫真性が宿っている。
音楽や絵画、あるいは建築などは、ある様式が極まった時、突如先祖返り的な素朴な表現へと立ち返ることで突破口を見つけてきた。『かぐや姫の物語』の「絵画的迫真性」への転換もそう考えられる。
だが『かぐや姫の物語』が過激なのは、アニメの黎明期である1960年代などへ戻るのではなく、さらに時間を遡って、描線による迫真性の元祖ともいえる平安時代の絵巻物の表現へと至った点にある。つまり『かぐや姫の物語』は、「映画的迫真性」の方向に進まなかった、もう一つのアニメーションの可能性を体現しているのである。
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んーー、 まぁ、考えずに感じろ、ということか..
http://x3ru9x.sa.yona.la/8113 |
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平地を歩き続けるハイジ って何かおかしい。 斜面を登ったり下ったりしないと..
どうでもいいか...
あああああああああああああああああああ |
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くそやろおおおおおおおおおおおおおおおおおお
俺この仕事終わったら残ってる忌引で絶対休むんだぜ・・・
体(たい)だと思ってた |
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Reply | |
ケモっ娘は人に入りますか
体毛生えたらアウトですか
画像は貼らない。
人の七掛けってノ?
アニメ背景画はモネの色調に近い |
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画像処理 背景画 雑感 | |

基本はモネ。 風立ちぬ で傘を差した女性がいたのは象徴的。 あれだけでも語っている。
かぐや姫の背景画はモネじゃない。 純和風。
お化けの数え方が気になってちょっとぐぐってみたら。 |
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思考の泡 ばか | |
http://www.benricho.org/kazu/a_o.html#obake
人の状態なら、助数詞はとりあえず「人」でいいような感じ。
で、人の状態ってどんなのよ。
特に和物。足がなければ七掛けとかでもいいんじゃないのあれ。
http://x3ru9x.sa.yona.la/8111 |
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雑感 | |
かぐや姫がヒットすれば、あーゆー絵が旋風を巻き起こす。
ピクサーのようなCGアニメは洋物で 琴線に触れてこないエンタテイメント、かくや姫は琴線にふれてくる純日本アニメ。 そんな感じになってくる。
http://q7ny3v.sa.yona.la/1783 |
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多分最後のコンサートツアーになるだろうビートルズ元メン来日。ちょっとケレン味だな、リアルタイマーでないしちょっと年上から押し付けられた上に親世代はガキのムーブメントで顔シカメてたビートル達だししょーがない。録音作品のエポックとかロック的ポップのイメージに頑丈な足場を打ち付けたとか、ロックンロール。だけどもだ、ライン借りてきた演奏音源のニュースがしょっぱくて、モンタレーポップのジミとかオーティスの音像の厚みに全然たりなくて。現場楽しんだヒトにケチ着けたくはないのだけれども、「あーあ」って。
http://gt7u9x.sa.yona.la/1266 |
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私ができないとあきらめたことを、知らぬ間に他人がそれを成し遂げてしまった。
私が無理だと感じた事を、努力を、それをさらに大きくしたような物を遂げてしまった。
素晴らしい、ブラボーだ、応援したいことだ。
でも尚更のこと、今まで私は何をしていたんだろうな。
何もせずただただ生きているだけで、この頃はそれすらも怪しくなって、
私は一体何をしていたんだろうな。
鏡を見て落ち込むのは得意だけど、人を見て落ち込むのは初めてのことだ。
自分の足は引っ張れるが、他人の足は引っ張れない。
なんということだ

